26歳大学生の就活事情
(Wikipediaより)
私は26歳まで大学生モードをプレイしていて、実に8か年計画で卒業の切符を手にした男である。
就職はなかなかにハードモードを予感させ、特にやりたいことも無かった私は某就活サイトで1000件以上の企業にチェックを入れて機械的に総エントリーをするという暴挙に出た。
勧誘の自動メールが鬼のように届き、パチンコ企業からはものの3分で直接電話がかかってくるということに戦慄を覚え、完全に就活は諦めようかと思っていた。
大手に行くような優秀な学生は、だいたい2~3月に就活をして、大学4年になる頃には(失敗しなければ)あらかたのことは終えている状況となっている。
自分もそうすべきだったのだが、コロナウィルスという格好の言い訳が跋扈してしまったために、サボろうという負のエネルギーが増大した。
緊急事態宣言は4月。気が付けば5月。給付金でウハウハだった。
あっという間に6月。そろそろ現実を見ないとヤバいのでは?
初めて留年が決まった、「あの時」に匹敵する焦燥感に駆られた。
なにせ私は第三新卒の身分である。
特にこれといった実績も無いので、年齢だけで一蹴される可能性が大いにある。
とはいえ、いわゆる中小企業はしきりにメールを送ってくるので、人材自体は不足しているようだった。
とうとう私は重い腰を上げ、とりあえず受信箱に溜まった企業メールを1つ1つ吟味していくことにしたのである。
いわゆる「大手」だとか「ホワイト」で著名な企業はこの時期にはあまり無い。
なぜなら、有名企業は2月、3月で採用のほとんどを決めてしまうから。
私は健康で文化的な最低限度の生活が保障されれば、どこに身を置こうと構わなかったのだが、いわゆる「ブラック企業」は避けたかった。
受信箱は、介護や、飲食の勧誘が目立った。
介護は、給与がよく、特に若手でも月40~50貰えるところもあるみたいだが、その実態は夜勤と残業。
精神や寿命を削ってまでお金が欲しいわけではない。
飲食は、自分が様々なアルバイトを渡り歩いてきた経験から「ナシ」一択だ。
アルバイトのシフト埋め、土日出勤、パワハラ上司、クレーム客の対応。。。ブラックすぎる側面を間近で見てきた。
あとバイトなら客や上司から何を言われようと、「ふーん。どうせ俺バイトだしな。」という逃避で自分を納得させられたけど、社員になってしまったら終わり。
責任を押し付けられる。
社会人として生活を保障されたいのに、責任は負いたくないという矛盾。
モラトリアムを謳歌しすぎたピーターパンの末路である。
他にも、文系の自分には縁のない理系の企業なんかも見た。
ZOOMで社員と会話したが、そもそもここで何年も働くというビジョンが見えなかった。
そんなのが3社ぐらいあったかな。
もう就活は終わりなのか。
絶望しながら受信箱をスクロールしていると、心ない機械返信群に一筋の光が差すかのごとく、温かみのあるメールを見つけた。
何と、人事ではなく社長直々のメール。
内容は忘れたが、「数ある中から応募ありがとう、待ってるよ」的なことが書いてあった。
極めつけは最後。
「P.S. 私の息子も〇〇大学です。」
これは相当有力な候補ではないか?というか、「ちょろい」んじゃないか?
息子を通わせてる大学=社長も好きな大学=そこに通う俺も信頼に値する人材
この図式が成り立ち、即座に返信を決意した。
ビジネスのテンプレを遵守した、自分では絶対に書けないメールで丁寧に返信。
その日のうちにメールは返ってきた。感触は良さそうだ。
とんとん拍子で面接の日程が整った。
何系の企業かは伏せるけど、作業着で点検する系の中小企業。
急いで就活用のスーツを新調し、わざわざスーツに合うビジネスバッグも購入。
さらに履歴書に捺印するための800円ぐらいする朱肉まで揃えた。
久々に前髪をジェルで上げ、26歳の疲れがバレないようにフレッシュさを演出。
無造作に生えていたヒゲも皮膚が削げるぐらいに深剃りしてやった。
俺が働くのはここかもしれない!
一人暮らしして、犬でも飼って、休みの日は自転車でお笑いライブでも見に行こうかな。
そんなビジョンを描いていた。
本社は電車で1時間ぐらいするところにあった。
気合を入れすぎて30分前ぐらいに到着。
コンビニでウンコをして、また空ウンコをして、面接のシミュレーションをして過ごした。
何しろスーツを着ての正社員面接は人生初なのだから。
時間10分前ぐらいになったので、本社のインターフォンを押してやった。
社長!この俺が来ましたよ。俺の魅力、存分に伝えますぜ!
対応してくれたのは人事を名乗る人だった。
だが…ここで既に雲行きが怪しくなった。
世間話を振ってくれるのだが、「おかしい」のである。
クラスにいた話の通じない人…。失礼ながらそんな印象を抱いてしまった。
あと早口でボソボソと、何を言っているか分からない。
「え?なんですか?」と何回も聞き返してしまった。
しまいには、もう聞き取れなくてもどうせ大したことを言っていないだろうと「へへっ」と愛想笑いするようにした。
多分向こうも気付いていない。
私の履歴書を渡すと、「ふーん…〇〇さん…あれ?26歳なんですか?苦労〇▶※!?@p…まあ聞かないでおきます。」
こんなことを言われた。
まあつまり、私は人事の方より年上だったのだろう。
私も人事が年下なのは予想外だった。
そうこうしていると、もう1人の学生が遅れてやってきた。
見た目の雰囲気から、明らかに「新卒」男である。「第二新卒」でも「第三新卒」でもない。
フレッシュさは完全敗北…。
ふん、でもお前はどうせ社長の「お墨付き」貰ってないんだろ?
私は余裕の態度を示してみせた。
人事監視のもと、その学生と2人で適性検査、「なんかクイズみたいな試験」を受けて、社長とのお話タイム。
そうそう、社長なんだよ。
変な奴が人事やってるのはこの際もういい。
社長と話をさせてくれ。
「ようこそ!わが社はこんなに頑張ってます。」
そんな話をがっつりしてくれた。
社員のことを考えてる、素晴らしいじゃないか。
でも、社長。
何で私の顔を1つも見てくれないんですか?
社長は、もう1人のフレッシュ男子学生の顔ばかりを見て、プレゼンをしているようだった。
おいおい、あのときのメールの学生だってこと、忘れてまっせ。
こうなれば逆質問でアピールだ。なんかそれっぽいことを質問してやった。
あれ、1:9ぐらいでもう1人のほう見て喋ってませんか?
人生初の面接は、こうして幕を閉じた。
すぐにでも窮屈なジャケットを脱ぎ捨てたかった。
履歴書の字が汚かったのか?たたずまいが気に食わなかったか?
いや…まさかこんな年増の学生が来るとは予想していなかったのだろう。
面接は、駄目だったら「お祈りメール」が来ることが多いらしい。
その会社からは、それ以降なんの音沙汰もなかった。
社長と交わしたメール、4件ぐらい。
ジメっとした梅雨の出来事。
私の心も、雨が降らない程度にどんよりしていたのだった。